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2013年5月13日月曜日

ローマの歴史〜ルネサンス前まで


ロムルスとレムスの伝説

-700年 テヴェレ川の小さな集落
領土の拡大 -264年 ポエニ戦争
→共和制の腐敗→内戦 カエサル
→カエサル暗殺されるもオクタヴィアヌス=アウグストゥス
 が初代皇帝となる -27年
→5賢帝で最盛期
→権力の集中により腐敗と堕落→395年ローマ帝国分裂
→西ローマ、東ビザンチン(現在の東ヨーロッパ)
→313年コンスタンティヌスがキリスト教を公認
→330年首都をコンスタンティノープルへ
→476年西ローマ滅亡→フランク王国出現(現在の西ヨーロッパ) 
→732年トゥール・ポワティエ間の戦い フランク王国がイスラム止めた
→800年カールの戴冠=西ローマ帝国の復活 
    ローマの教皇とコンスタンティノープル総主教の争いでもあった
→フランク王国分裂870年メルセン条約で、
北イタリア
東フランク:962年オットー1世戴冠神聖ローマ帝国→後のドイツ
西フランク:カペー朝。→後のフランス
に分かれる
他にはヴァイキングのロロがノルマンディー公国を立てる911→先のイギリス

→ミラノ司教の叙任権争い グレゴリウスⅦ世 vs ハインリヒⅣ世
 1077年カノッサの屈辱 ハインリヒⅣ世が跪く 破門と許し

以後、キリスト教が布教し巡礼熱→レコンキスタ
+ビザンツ帝国がセルジューク朝から圧迫をうける
→ビザンツ帝国のアレクシオスⅠ世がローマ教皇に救援を求める
1095クレルモンの公会議→1096年第一回十字軍
11世紀〜13世紀 教皇権が最高潮に達する

200年ほど十字軍が戦うも
ビザンツ帝国は衰退し、教皇の威厳も衰えた
→北イタリア諸都市が発達:
  東方貿易:ヴェネティア、ジェノヴァ、ピサ
  内陸:ミラノ、フィレンツェ

ルネサンスへ繋がっていく

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2012年12月25日火曜日

フランス革命まとめ


17世紀にはルイ14世がフランスの繁栄のもと絶対王政をしいていた。
アメリカ独立戦争への援助とイギリス産業革命による輸出攻勢により
フランスの財政は危険な状態におちいっていた。

ルイ16世は特権階級にも課税をしようとするが、
特権階級はこれを回避するために、しばらく開かれていなかった三部会の招集を行った。
しかし、三部会の第三身分は国民の代表を主張し、第三身分を中心とする国民議会を宣言した。
国民議会で、所有権を神聖不可侵とする人権宣言を採択した。
革命の急進化に不安をもったルイ16世がオーストリアへの亡命をはかるも失敗(ヴァレンヌ逃亡事件)
1791年立憲君主制を定めた憲法で選挙権が市民に与えられ、立法議会が成立した。

フランスから革命が飛び火することをおそれたプロイセンとオーストリアはピルニッツ宣言(1791年)でフランスに対する行動を宣言。
フランスvsプロイセン、オーストリアの戦争になる。
1791年8月10日国王を幽閉。
同9月20日ヴェルミーの戦いで革命軍が勝利
1792年国民公会が成立し、王政廃止と共和政が樹立した。
1793年ルイ16世の処刑
これらをうけ、ヨーロッパは改めて警戒を強め、第一回対仏大同盟が結成された。

周囲が敵となった不安定な情勢のなかで、国内を安定させるべくジャコバン派による恐怖政治が行われた。
革命戦争の勝利によりジャコバン派のロペスピエールによる恐怖政治の正当性を失い逮捕処刑となる
=テルミドールのクーデター

独裁の反省により、1795年国民公会から5人の総裁による構成される総裁政府を誕生させた。
それでも、国内の動乱は続き社会不安は増大していた。
社会不安を抑えるため、軍隊は台頭していき、ナポレオンの誕生となる。